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最高裁判所大法廷 昭和24年(れ)1601号 判決

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人岡崎一夫、同柿原幾男、同森長英三郎、同上村進、同小沢茂、同岡林辰雄、同福田力之助、同青柳盛雄及び同牧野芳夫の上告趣意第一点及び第二点について。

憲法二八条が保障するいわゆる団結権乃至団体交渉権の規定が、本件のような単なる一般市民の集合に過ぎないものに関して適用なきものと解すべきことは、当裁判所の判例(昭和二二年(れ)第三一九号同二四年五月一八日大法廷判決)に徴して明らかである。それ故に右の規定が本件に適用あるものとし、又は適用あることを前提とする論旨は凡て採用することができない。

同上第三点について。

市民のため食糧を獲得すること又は市長や食糧営団の職員に反省を促すことが目的として正しいとしても、それだけでその目的を達成するための手段がすべて正当化される訳ではない。その手段は秩序を守りつゝ個人の自由や権利を侵さないように行われなければならない。けだし秩序が維持されることも個人の基本的人権が尊重されることもそれ自体が公共の福祉の内容を成すものだからである。それ故に原判決が被告人等の所為を公共の福祉に反するものとし、正当の行為に非ずと断じたのは当然であって、論旨は理由がない。

同上第四点について。

原判決は、所論のように裁判官が良心に従わないでしたものとは認められないから論旨はすべて理由がない。

同上第五点について。

予審制度は現在廃止せられているけれども、その廃止以前に適法に作成された予審訊問調書が証拠能力を有することは、当裁判所の判例(前掲大法廷判決)の趣旨とするところである。そうして証拠の取捨選択は原審の自由裁量の範囲に属することであるから、原判決が予審訊問調書のみを証拠として採用したからとて所論のような違法はない。論旨は理由がない。

同上第六点について。

原判決は第一の犯罪事実として、被告人岡崎が主となり、同杉野は同人を助け、共同して沼田を強要してコッペパンの即時配給を余儀なく承諾させ、これに基き杉野が他の数名の者と共に沼田を強いて神奈川県食糧営団川崎地区事務所に連れ行き、同所に於て沼田及び伊藤をしてコッペパン出来上り高全部の引渡指図書各一通を作成させ以て沼田をして義務なきことを行わしめた旨を判示し、これに対して刑法二二三条一項及び六〇条を適用している。そうして右の事実は原判決が証拠として挙示している岡崎に対する予審判事の第三回訊問調書中の同人の供述記載を始めその他の証拠によって十分認め得られるところである。それ故に右の事実が証拠によらずして認定せられたものであると主張する論旨は理由がない。

同上第七点について。

川崎市長夫人江辺しづが被告人多田等に対して家宅捜索の承諾を与えたのは、赤旗を擁した多数の威力を背景とする同人等の言動に威圧されたためであって、その真意から出たものでないことを多田も知っていたことは、原判決挙示の各証拠就中笹崎正一に対する予審判事の証人訊問調書中同人の供述記載によって十分に推認することができる。それ故に原判決には所論のように証拠によらずして多田の犯意を認定したという違法はなく、論旨は理由がない。

同上第八点について。

原判決における事実摘示と法律適用の説明とを照らし合わせて精読すれば、原判決が如何なる理由によって被告人等の所為を緊急逃避行為と認めなかったかは、おのずからわかるから、原判決には所論のような違法はなく論旨は採用することができない。

弁護人森長英三郎の上告趣意第一点について。

神奈川県食糧営団川崎地区事務所長沼田が原判示引渡指図書作成の義務を有していなかったことは、原判決が証拠として引用している沼田に対する予審判事の証人訊問調書中同人の供述として、「あのパンは進駐軍から貰った粉で造ったので配給の最も悪い所え米穀通帳によって渡すことにしているから特配は出来ない」「(パンを)出したら責任問題になる、助役さん責任を負いますか」などの語が記載されていることに徴しても明らかである。それ故に被告人岡崎及び同杉野は沼田をして義務なきことを行わしめたものであるとした原判決は正当であって、論旨は理由がない。

同上第二点について。

本件被告人の所為は、仮りに所論のようにその目的が正当であったとしても、未だ以ってその違法性を阻却するに足るものとは認められない。よって論旨は採用することができない。

同上第三点について。

川崎市長夫人江辺しづの被告人多田に与えた家宅捜索の承諾がその真意に出でたものでないこと、多田もそのことを知っていたことは、さきに岡崎弁護人外八弁護人の上告趣意第七点について述べたとおりである。従って原判決が多田の所為に刑法一三〇条を適用したのは正当であって論旨は理由がない。

同上第四点について。

仮りに所論のように、当局者が隠匿物資摘発の励行を怠っていたとしても、本件被告人がしたような方法によってこれを摘発することが不当であって、違法性阻却の事由とならないことは当裁判所の判例(昭和二二年(れ)第三一九号同二四年五月一八日大法廷判決)に徴して明らかである。論旨は理由がない。

同上第五点について。

予審調書に証拠能力があることは前論旨第五点引用の判例の示すとおりであって、今なおこの判例を改める必要を認めない。さすればこれを措信すると否とは原審の自由な心証に委ねられているところであり、その取捨の理由を判決に示す必要はない。従って原判決が予審調書のみを証拠として採用するにつきその理由を示さなかったからとて、これを以て所論のような違法あるものということはできない。論旨は理由がない。

以上の理由により旧刑訴四四六条に従い主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員一致の意見によるものである。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上登 裁判官 真野毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)

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